自分の望み、本当に「ソレ」ですか?
さて
にて、自分の願いすら明確で無かったことがわかり
にて、願いの詳細を形にして妥協してはならぬ
という事を学びました。本日は心の奥底にある願い、望みについての締めです。
例えば「お金持ちになりたい」という願いは、私含め多くの人の望みだと思いますが、しかし目的は本当に「お金持ちになること」なのでしょうか?
実のところ、違うことの方が多いのです。
明日、急に大金を得たとして、世界中のお店が閉まっていたら何も買えません。また怪我や病気など、自分がお金を使えない状況になってしまったら、これまた意味がありません。
つまり、お金は「何か」を得るための手段に過ぎないのです。その「何か」は当然人によって千差万別です。ブランド品が欲しいのか、高級車に乗りたいのか、働きたくないのか。まあ、ひとまとめに「優雅な暮らし」とするなら、本当の望みは「お金が欲しい」ではなく「優雅な暮らしがしたい!」なのです。
でも、実はこれでもまだなんです。
本来の本当の望みはまだまだ深層にあります。
さて、いざ「優雅な暮らし」を手に入れたら、どんな気持ちになるでしょうか?「優越感」?それも良いでしょう。食うに困らない「安心」圧倒的な資産を持つ「心の余裕」人それぞれ違うと思います。
しかし、これこそが「お金持ち」になって「優雅な暮らし」をして叶える「本来の望み」なんです。つまり
「余裕と安心」 = 「目的」
「優雅な暮らし」= 「手段」
「お金」 = 「道具」
なのです。
あくまで目的は「余裕と安心」を得ることで、「お金」は「優雅に暮らす」という手段を叶える為の道具に過ぎないものなのです。
そうしたら「注文書」の書き方は変わってくると思いませんか?
神社で神様にする「お願い」の仕方が変わってきませんか?
これを知ることが、つまり「自分を知る」ということが、望みを叶える第一歩です。
さて、やりましょう。
深掘り。