イシイの日々。

「元気でイイ子」に疲れたイシイ

「所詮は顔と若さですよ」

 

ある日、同僚はそう言いました。

 

 

私はシニア向けにとある分野の技術指導する仕事をしています。基本的には生徒さんからスクールの方にレッスンのお申し込みを頂いて、スクール側から相性が良さそうな教師に生徒さんが割り当てられます。また、逆のパターンで生徒さんの方から教師を指名することもまあまあ有ります。

 

そうすると、やはり人気が出るのは「美人」

男性であれば「イケメン」

 

もちろん人間性や技術の高さも大事なのは百も承知ですが、第一印象で見た目が良い方に人が集まるのは、これは本能なので仕方がない。

 

私の職場にもとても美人の先輩がいたのですが、例に漏れず人気がありました。

 

同僚と他愛無い雑談をしていると、その美人先輩の話になり冒頭のセリフが登場。

 

「いくらこっちが努力しても男なんて顔と若さで選ぶんですよ」

 

 

(ん…?)

 

 

「ま、まあ、あれだけ美人だったらしょうがないですよ〜」

 

と相槌を打ちつつ心の中はモヤモヤ…。

 

 

「私が今まで勝ち取ってきたものは全て自分の努力の成果だと思い込んでいたけれど、もしかして違うの???」

 

 

誤解しないで頂きたいのが、これは私がとてつもない美貌の持ち主という話ではなく、今までのお客様からの指名や、自分のされてきた評価が、「努力や自分の持つ技術」ではなく若さや見た目など「他の要因からくるものであったかもしれない」という可能性にショックを受けたのです。

 

いつだったかの事。

新規入会の男性がどの先生に習おうか迷っていたところ、私の担当している生徒さんが声を掛けて私の事を推薦してくださいました。ところが男性はこう言ったのです。

 

「あの若い彼女のような方に習いたいなあ」

 

男性が指名したのは、ほんの少しだけ職場にいた研修中の女性でした。彼女は小柄で顔は可愛らしく天然な性格で、私よりも歳上だったのですがかなり若く見えました。

 

「お゛ん?💢」とおもいつつも、私は実年齢より年上に見られることも多く、実際には彼女より私の方が若かったのでその時はさほど気にしませんでした。(声を掛けてくださった生徒さんもあのオヤジ超失礼!と一緒に怒ってくださったので救われました笑)

 

ただ、この時はたまたまその研修の女性が選ばれる側でしたが、逆の立場だったこともあったのではないか?

 

何故なら私は10代からこの仕事をしているので、上司や同僚、後輩も含めほとんどが歳上だったのです。歳上の、私より技量も経験もある先輩から生徒さんが移ってくることもしばしば。その時は単純に自分が選ばれた喜びで何も考えていなかったのですが、もしかしたら選択基準が「若さのみ」であったら…??

 

自分の評価に今まで勉強したことや磨いた技術が加味されていないと思ったら、少しだけ虚しい気持ちになりました。そして、そういう事実も確かに少なからずあるでしょう。

 

でも、全てを見た目や若さだけで選ばれたと一括りにしてしまったら、本当に自分の内面を気に入って来てくださっている方々、そしてその美人の先輩にも失礼な話ではありませんか。

 

美人の先輩だって、もともとの顔も整っていますが毎日オシャレな服を着て、毎日髪をアイロンでキレイに巻いて、スレンダーな体型を保っている訳です。それだって立派な努力。何より、入り口は見た目でもその人と関わっていたくなる何かが無ければ人間関係は続きません。

 

「所詮、顔と若さ」

 

そんなふうに言いたくなる時も、人生にはあるかもしれません。

でも、その言葉って自分自身の努力自体も否定する事になっちゃいますよね。それに、その人のことが好きな人達もそんなこと言われたら悲しくなってしまいます。

 

見た目の美しさと若さはいつか少なくなってしまうもの。それ以外にも、たくさんの魅力を身につけることができたら、自分の努力してきたことが報われる日がくるのではないでしょうか?